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目黒不動尊散歩 with wyes architects 〜庶民に身近なお不動さん〜

建築設計事務所「wyes architects(ワイエスアーキテクツ)」の齋賀さんと八木さんとの散歩シリーズ、第3回は目黒区の目黒不動尊を歩きました。

正式名称は瀧泉寺(りゅうせんじ)。山号は泰叡山。不動明王像をご本尊とすることから、「目黒不動尊」、「目黒不動」、「お不動さん」などと呼ばれています。808年に開かれた目黒不動尊は、江戸時代の後期に出版された、江戸の名所を紹介する観光案内本『江戸名所図会』でも紹介された江戸の名所のひとつ。高低差のある境内には、多種多様な建築物に加え、つい顔が綻んでしまうような石像まで、以前訪れた池上本門寺や圓融寺とは大きく異なる風景が印象的です。

個人的には何度も訪れたことがある場所ですが、お二人とのお話から、今まで全く気づかなかったところに視線が向かい、目黒不動尊が重ねてきた歴史への想像力が掻き立てられる、そんな時間となりました。

wyes architectsさんのご紹介は以下のリンクよりご覧くださいませ
https://theatre-inc.com/himonya_column_part1/

江戸の名所「目黒不動尊」

Theatre 吉田(以下「T」):第3回目は目黒不動尊です。齋賀さん、八木さんは初めてとのことですが、来てみたかった理由があるんですよね。

wyes architects 齋賀・八木(以下「w」):はい、江戸時代後期に出版された『江戸名所図会』(名所旧跡・景勝地の由来を挿絵とともに紹介する書物)というものがあって、そこで浅草寺や増上寺と一緒に、目黒不動尊も取り上げられているのですが、浅草寺のように明治以降も観光地として栄えていくタイプのお寺とは違って、ここはあまり観光地化されてないじゃないですか。そういう差が生まれていったところが興味深いと思いまして。

T:なるほど。

w:この辺りまで、江戸時代に日本橋や今の皇居ぐらいのところから歩こうとすると、2時間とか2時間半ぐらいかかる。目黒から先は農村なんです。今の時代で言うと、箱根までとは言わないまでも、小田原ぐらいまで行くような感覚でしょうか。ちょっと感覚間違ってるかもしれないですけど(笑)。

T:結構遠いということですか。

w:そういうことです。一日かけて往復するような場所なんです。その名所にようやくたどり着く。そして周辺には、お団子を食べたり休んだりする場所として門前町が栄えるという構成があります。

ただ近代になると、ここはいわゆる観光地としては、大型バスで大量の観光客が来るところにはならないんですよね。だけど「目黒不動尊」という名前はすごい有名で、目黒に住んでたら名前ぐらいは知っている。

また浅草寺も増上寺もすごい戦災を受けていて、主な建物は焼けてるんです。浅草寺も増上寺も本堂はRC(鉄筋コンクリート)で建て直してるし、目黒不動尊も本堂がRCですよね。だから復興の形にも割と共通点あるんですけど、向こうは今外国人観光客がたくさん来ている。その歴史の違いみたいなものが興味深くて、一度来てみたかったんですよ。

T:そういう視点では見ていませんでした…。早速歩きましょう。

仁王門・前不動堂(ほか平地エリア)

仁王門

T:建築的な視点でもぜひ触れて欲しいです。

w:そうですね。先ずは仁王門からいきましょうか。楼門形式。(以前訪れた)圓融寺は楼門形式ではなかった。二重になっていませんでした。ここは初重に組物がついて、高欄が回って、上に二重がついていますね。禅宗様と和様が混じってるかな。RC造ですね。

T:きれいな門ですね。

w:(建てられたのは)おそらく昭和ではないでしょうか。「古い建物は戦災で大半が消失」とも書いてありましたし。像は古そうですね。そして大きい。また像に彩色が施されていますね。劣化してるからよくわかるんですけど、木に布を下地のように張って、その上に塗っていくんですよ。木に直接色付けしていくんじゃなくて、そういう手法です。

T:禿げてしまっている部分でその様子がよくわかります。ちなみにこの像一体全て同じ木ですか。

w:いいえ、この縦に入ってる線は継いでるところなので、一木(いちぼく)ではないですね。一木でこんなに大きいものはあまりないんじゃないかな。手のところにも切れ目がありますよね。あそこで繋げて作っていくという感じですね。

前不動堂(東京都指定有形文化財)

w: 「前不動」っていいですよね。奥に本体のお不動さんがいて、こっちの低いエリアを守っているというか、そういう意味合いだと思うんですけど。私たちが通っている善光寺もご本尊は絶対秘仏だから、誰も見たことがないんですよ。ただ御開帳といって、数えで7年、つまり6年に1回だけ「前立本尊」が現れる。本尊の前に立っているご本尊。なので露払い的な立場として「前〜」というものは使われたりします。これももしかするとそのような意味合いなのかもしれない。

T:順番的には本堂ができてから前不動ができるという流れでしょうか。

w:おそらくそうだと思います。独鈷の滝のある池のところにもお不動さんがたくさんいるじゃないですか。一人じゃない、このたくさんいるというのは面白いですね。

T:この前不動堂の垂木(たるき)の間隔が広いですよね。

w:はい、垂木もピッチが広いものもあれば、詰まってるものもあります。あとはリズムが違う、この間隔が狭い広いを繰り返すものもあります。

T:それは格式とかも関係あるんですか。

w:格式をつける場合もあります。前不動堂の場合は本堂より下にあるじゃないですか。例えば下なのか上なのか、一つの境内の中にいくつか建物がある場合は、表情に変化をつける。大きさを変えるのもそうですし、垂木だけではなく、全体の様式の複雑さを変えることはあります。見た目でどこが重要かって分かりやすくなりますよね。

本堂・大日如来像(ほか高台エリア)

T:男坂を上がり、本堂エリアに到着です。

w:下で身を清めて階段を上り、聖域に入っていくみたいな感じですかね。立派な狛犬、かっこいいですね。何年って書いてあるけど読めない。ちょっとスフィンクスみたい。

T:東京で一番古い石造りの狛犬みたいですね。1654年。江戸初期ですね。

w:凄いです。この灯篭もいいんじゃないですか。

T:明治24年。火消しが奉納した灯篭のようです。

w:確かに飾りが火消しっぽい。祐天寺にある賽銭箱に付けられた飾りに似ています。装飾がすごいですね。デザインが凝っています。素材は青銅です。これ、めっちゃかっこいいです。こんなじっくり見る人あまりいないのでしょうが(笑)。

本堂

T:立派な本堂です。

w:唐破風(からはふ)があって、その後ろに千鳥破風(ちどりはふ)がある。よくある形ではありますが、千鳥破風は大きいですね。北野天満宮に似ている感じですね。

T:池上本門寺の本堂は、とても大きな屋根でした。

w:そうですね。あと池上本門寺は本堂の前の空間が広いじゃないですか。ここは階段を上ってから、本堂までのストロークが短い。こうして仰ぎ見るような感じの時は破風(の存在)がすごい効いてきますよね。

T:この地形だからああいう形になったのかもしれないですね。あと本堂前の階段の段数も他と比べて多い気がします。

w:確かに。本堂の直前で階段がこんなにあるの珍しいかもですね。戦災前の写真を見てみたいです。

大日如来像

T:これは大きいですね。大日如来(だいにちにょらい)。仏様ですね。

w:本堂の真後ろですね。きっとご本尊とつながってるんですよね。(こういう配置も)珍しい気がする。あまり見たことがないですね。

T:あの屋根の形も、あまり見かけない気がしますが。

w:これは比較的新しいですね。唐破風をすごい簡略化したみたいな感じのデザイン。石の一つ一つには奉納した人たちの名前が彫られています。新しいもの古いものがありますが。こんなにしっかり一つ一つ(名前が)彫られているのもあまり見たことないです。

T:裏の方にも行けるようです。

w:かつて名所だった場所って、参拝者はわざわざ歩いて来る。なのでご本尊を見るだけじゃなくて、色々歩いて巡れるようになっている場合が多くて、目黒不動尊でも裏側にそういう動線を作っているんでしょうね。それで本堂の背後に大日如来さんがいて、周辺にさらに色々なものを配置しているという感じがします。

目黒不動尊と「講」

T:先ほどから様々なところで「講」という文字を見かけます。

w:講というのは、善光寺やほかの名所でもあるんですけど、団体で来るんですよね、お詣りに。一人というよりは集団で、例えば一つの町とかで行く人を募ったりして「講」っていうのを組むんです。富士講(ふじこう)とかもそうなんですけど、あと御嶽山(おんたけさん)とか霊山・霊場に講を組んでお詣りに行くというのが、一つの江戸時代のツーリズムなんですよ。

T:団体旅行みたいなものですか。

w:わかりやすく言ったら団体旅行ですね。今の団体旅行とは少し違うんですけど、例えば一生に一回は善光寺や富士山にお詣りに行きたいという信仰があって、だけど信仰だけじゃなくて、やっぱりその道中の楽しみもあるじゃないですか。そこで講を組んでお詣りに行くっていう風習というか習慣が、江戸時代に盛んになるんです。

T:講元(こうもと)という言葉も書いてありますね。

w: はい、講元という講の代表みたいな人がいるのですが、その人が中心となって、自分たちの貢献じゃないけど、例えば何回も通っている中で「実はこの大日如来さんの台座のところが傷んできてて、そろそろ直したいんだよね」とかの話が出てくるわけです。そうすると「じゃあそれうちの講でお金を集めて寄進しましょうか」って話になったりします。また講結成の何周年記念の時に、例えば灯籠を境内に寄進させてほしいといったこともあったりします。

T:ここには大正と刻まれているので、大正まで講があったということですよね。

w:おそらく昭和40年代くらいまでは盛んだったかと思います。

T:聞いたことなかったです…。

w:講ができる経緯として、目黒不動尊でどうだったかは分かりませんが、例えば宗派によって法師(ほうし)や、山伏(やまぶし)、聖(ひじり)と呼ばれるような、いわゆる「フリーの僧侶」のような人がいます。

そういう人たちが大きなお寺と、信仰上や宗教上、関係を持っていて、色々な国や都市に行き布教するとします。そこでお寺に関して「こんなにいいとこなんだよ」みたいな話しや、「こういうことが体験できるんだよ」みたいな情報が広まって、そのお寺を訪れるための講を組む動機になったりします。布教活動でもあるんですけど、そういう人たちがある意味コーディネーターにもなっていたりするんですよね。

庶民に身近なエンタメ要素十分のお不動さん

T: 色々なところにエンターテインメント要素が詰め込まれていて見どころが多いですが、どれも庶民的なところが印象的です。それが他とは違う感じがします。

w:そこが名所なんですよね。かつていっぱい人が来てた時は、みんながそぞろ歩きして楽しんでいる感じだったと思うんですよね。それが今はもう少し日常的というか、かつてのアトラクション的な要素はかなり減っているけど、まだ名残がすごい残ってて、その雰囲気が漂ってる感じですよね。これが見てみたかったんです。

男坂や女坂とか、選ぶルートによってシークエンス(展開)も違う。本堂の裏にも回れて、圓融寺とか碑文谷八幡宮とかとも違うし、池上本門寺とも確かに違いますね。池上本門寺はよりお墓という感じでした。

T: 参拝される方も途切れないです。

w:ポツポツとでもずっと人が来ているというのがいいですね。吉田さん、今日「講」覚えましたね(笑)。

T:もう「講」は覚えました(笑)。講についてより詳しく知りたくなりました。

目黒不動尊散歩振り返り

今回歩いた目黒不動尊は、立派な観光地として綺麗に整備するのではなく、そこには時代を超えてあらゆるものを優しく受け入れてきたような、気取らない居心地の良さがある気がします。戦災が原因か、破損してしまっても境内を守り続ける狛犬、多様な動物の石像、そして現代の単管パイプで作られたおみくじ掛けに至るまで、すべてが「その時々の工夫と愛情」で大切に受け継がれています。

それは石碑に刻まれた、江戸の庶民が共に支え合い参拝した「講」の精神が、今も息づいていることも理由のひとつかもしれません。完璧な美しさではなく、形を変えながらも人々の生活に寄り添い続けるその懐の深さこそが、目黒不動尊の最大の魅力ではないかと感じました。

本堂や前不動堂など、建築物として立派なものもありますが、どこか格式張らず、どんな人でも「完璧じゃなくても良い」と思わせてくれる。そんな飾らない優しさに満ちた目黒不動尊は、江戸の粋な日常をそのまま残す、温かい場所でした。

歴史ある目黒不動尊が持つ、「庶民に身近な温かさ」を今回の訪問で感じることができました。今回の記事では収まりきらないほど、見どころが多い場所ですので、少しでもご興味を持たれた方は一度お参りされることをおすすめします。

前回より参加メンバーも増え賑やかなお散歩でした。28日(お不動さんの縁日)の様子も見てみたいですね。

Information

天台宗 泰叡山 瀧泉寺(目黒不動尊)
住所:東京都目黒区下目黒3-20-26
HP:https://megurofudo.jp/

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